まず、断って置きたいのですが、僕は今どのネットワークビジネスにも参加していません。今は、会社を設立しコンサルタントの仕事を中心に、起業家への投資や欧州MBAの紹介事業をサポートしています。
このウェブサイトは、2000年5月から正式に運営を任されました。ですから、今までのネットワークビジネス・コミュニケーションとは全く別物と考えてください。
さて、いろいろと書きたいことがあるのですが、まずは、僕の自己紹介をしないといけませんね。名前ですが、本当の名前を名乗っても問題はないと思うのですが、インターネットでは「へきる」と名乗る事にしましょう。
へきるとは『うる星やつら』という漫画に出てくる主人公”諸星あたる”の未来の子供の名前です。
マニアックですみません。
今NSXという車に乗っています。NSXはホンダのスポーツカーです。僕は何年も前からNSXに憧れていたのですが、1年ほど前にやっと買うことが出来たんですね。車の話はまた後ほどじっくり話しましょう。年齢は28歳です。気付いたらこんな歳になっていましたね。まだ独身です。
僕は、1度だけネットワークビジネスに参加したことがあります。98年の2月だったかな?
それから1年半ほど真剣に取り組みました。そのビジネスはニュースキンです。当時まだ日本上陸して4年目くらいでしたので、本当に爆発しだした頃です。
それまで、ネットワークビジネスなんてものは、「マルチ商法」とか「ねずみ講」とかと同じものだと思っていました。自分は絶対にやらないぞ!とか思っていたわけです。
で、なんで、僕がニュースキンを始めたか。
きっかけはうちの父親です。うちの父は50歳過ぎたときに世間ではやりのリストラに合いまして、1年ほど無職。それから始めた観葉植物の形をした空気清浄機のフランチャイズでは痛い目に会い、さらに懲りずに、宅配サービスのフランチャイズでも300万円とか400万円の損をしていました。もう将来どうしたらいいんだ?!という悲壮なムードが家に充満していました。
その頃、僕は僕で、大学を卒業したものの、会社に就職するのは絶対に嫌だったので、自分で中古車ブローカーの仕事をしていました。全く誰にも教わらず、ゼロから始めたので、なかなか上手く行かず、警備のアルバイトをしながら細々とやっていました。
中古車業界も誰もが始められるため、中古車販売店がいっぱいに増え、供給過剰でしたので利益も少なく、あまりおいしいとはいえない状況でした。僕もちょうど、このままではまずいなあと将来のことなどを考え始めていたときだったんですね。
そんな時、父が家に帰ってきてこう言いました。「今日すごい人に会ったよ。月収で100万円とか200万円とか稼いでいる人がいっぱいいたよ。」いきなりの話になんだか分からないでいると、父はパンフレットを出して、「コレがその仕事のパンフレットなんだけど、お父さんにはよく分からないから、お前が読んでくれ。」と言いました。
で、僕がチラッと見たのですが、「ディストリビューター」とか、「ブレイクアウェイ・ボーナス」とかもう訳の分からない用語がいっぱいあり、全く解読不能でした。そして全体のイメージとしてはかなり怪しいのです。説明会に行ってきたという父の説明によると、「商品を売るよりも人を集めた方が儲かる。」という、『それってマルチ商法じゃん、やめとけ!』と誰もが反応する最悪の説明の仕方。しかも、父も理解していないので、僕のつっこみにたじたじになっていました。
あんなにフランチャイズで失敗したのに、懲りずに今度はマルチかい?
もう、しっかりしておくれよ、おとうちゃん。
情けなくて、我が家の将来を思うと、ブルーな気分でした。
しかし、一ヵ月後、我が家にダンボールいっぱいの「ニュースキン製品」がどーんと届いていたのでした。
使ってみたものの、ニュースキンは使い心地が市販のものと全く違うので、こりゃ粗悪な製品を買わされたなと思いました。
家族の心配をよそに、うちの父はだんだんとやる気になっていました。
そして、父は僕に「東京ドームでニュースキンの大会があるからいっしょに行こう。」と誘うのでした。
初めは断っていたのですが、「東京ドーム」でやるというのは単純に”すごいな”と思いましたし、父が「アメリカからロックバンドが来るらしいぞ。」との言葉に、音楽好きの僕は引っ掛かり、しぶしぶ行くことになったのです。
そこで、僕が見たものとは!!
■続き■
|